23日24日と、朝から事務所でマスクもせずにゴッホゴッホと咳しまくっておつゆとばしまくってた営業の兄ちゃんが、24日の夕方になって熱が出て具合が悪いから早めに帰りたいとか言い出しまして。
えらい人が、もちろん早く帰った方がいいよと言いつつ、インフル流行ってるからインフルじゃないの? って聞いたら、シレッと「子供がインフルなんでそうかもしれませんね」とか言い出したんですけど…
ふ ざ け ん な よ (激怒)
なんで家族にインフルがいて自分もゴホゴホしてんのにマスクもせずに事務所じゅうにウイルスかもしれないブツまき散らすの?
インフルになるのもそれで休むのもしゃーないけど、ばら撒くのは違うだろ。
そして翌日案の定、社長もインフルで熱を出し、仕事納めには姿を見せず、残った営業さんたちも喉が痛いとか言ってたけどとりあえず出社してきたので一緒に大掃除をして、良いお年をってお休みに突入しましたよ。
年末年始なんてこの時期にしか会えない人たちと会う機会が多いのに、何してくれちゃってんの。
何もなくてもクソ忙しい年末に、休んでる営業さんの代わりに、どうしても年内に何とかしてほしいっていうお客さんの対応まで加わって、なかなかにハードな仕事納めで御座いましたよ。
忙しさの余り疲労でインフルになるかと思ったわ。(ならなかった)(多分)
もはや毎年恒例ですが、今年も無事大きな玉ねぎの下から帰還してました。
インフルうつったら行けなくなるかと思ってドキドキしてたけど、31日現在まで熱は出てないから何とかやり過ごしたと思いたい。
熱もないのに葛根湯飲んでとにかく早寝して毎日過ごしてましたが、熱はかるたびに怖かったよぅ…。
だってこの日をすごく楽しみに年末の仕事の山をやっつけてたんだもんよ。
元気にインフルだったら困るので、一応マスクはしてましたよ。マスクで東京は大変暑かった。
毎年東京の天気は大変によろしい。
今年も青空の下の玉ねぎ。
事前に会場受け取りで申込してあったグッズを受け取って、夜までホテルでダラダラして過ごしました。
ババアには休憩が必要なのである。
去年はスタンドだったので隅から隅までよーーーく見えたんだけど、いかんせん高所恐怖症なのでとっても怖かった。
今年はアリーナだったので怖くはなかったけど、見える範囲が限定されていたうえ、前方の思いっきり端っこだったので、スクリーンに表示された文字がちょっと読みづらかった。しかし、ヒデヒコさんの素晴らしい二の腕がベストアングルで拝める位置だったので、文字などこの際どうでもよい。
いやはや、よい二の腕であった。よくぞ出してくれた。ありがとうありがとう。
今井さんはこれまでもちょくちょく歌ってたからなんとなくイメージできてたけど、ヒデヒコさんの歌はコーラスとCDしか聴いたことがなかったから、なんかもう、うわあああああああ!!!!!っていう感動に近いものがあった。友人は何故か泣いていた。
薔薇色の日々なんて歌い出した日にはヒィ!って息を呑んだわ。よい。大変よい。すばらしかった。
いつか螺旋 虫とか歌ってくれないかなぁ…。
もうすぐ60歳になろうかというのに、声が若い。そして伸びしろしか感じない。
ヒデヒコさんの歌をもっともっと聴きたいなあと思いましたよ。
ワタシももう年だし、父は49で亡くなってるし、のらおも櫻井敦司もいなくなっちゃったから、そろそろ死んでもさほど思い残すこともないかもなあとか思ってたけど、ヒデヒコさんの歌をもっと聴きたいという未練がたんまりできたので、できればあと20年くらい生きていたいなあとか思ったりもしたのですよ。未練があることがいいことだか悪いことだかわからんけど。生きていたいと願ったところで死はいつだって理不尽なものだけど。死ぬまで生きようって、改めて思ったりしたのですよ。
ワタクシしばらくヒデヒコブームだと思われます。歌声と二の腕がたまらん。
去年は櫻井さんの声に合わせて演奏するってスタイルだったけど、今年はどうなるんだろうと思ってたら、しっかり4人のライブになってた。
でも、不在を感じることで存在を感じるみたいな、なんかよくわからない感覚になったなあ。
去年のことがあったからLOVE MEはやるんだろうなって勝手に思ってたらやってくれたけど、歌はどうすんのかと思ったら、歌詞がわからなかったらラララでいいから歌って、っていうまさかのボーカル・客。
だからといってスクリーンに歌詞を表示してくれるわけではない潔さがよい。
SANEがはじまったときは、櫻井さんパートの部分はどうするんだろうって思ったけど、まさかの”誰も歌わない”。
その手があったか。
誰も歌わなくても大抵の人の頭の中では櫻井敦司が歌っていただろうし、歌声が乗っかってなくても音楽としては普通に成立していたというか、そういう曲に聞こえた。
いろんな場面で、いないけどいる、みたいな不思議な感覚があった。多分、それぞれの心の中に櫻井敦司がずっといるからなんだろうけど。
アトムとかアイコノとかミナシ児とか前からある曲もやった一方、新しいアルバムのプシュケーとかハウリングとかRezistoはやんなかったような気がする。(記憶力がマイナス方向にどうかしているタイプなのでハッキリとは覚えていないのである)
アンコールも1回だったな。(これまでは2回が多かった)
そして武道館出てからこっち、スブロサ聴くたびに高く掲げられたヒデヒコさんの左の二の腕が脳裏に浮かぶようになってしまった。いやはや実によい二の腕であった。
しかしアレは何を叩いていたんだろう。鉄のぼっこ(北海道弁だったっけかね)持ってたけど。
ああいう楽器があるんだろうか。よくわからん。
何故か、Jealousyのレコーディングのときにいい音の鳴るものがないかなって駐車場のベンツ含めていろいろ叩いてみた、みたいな話をしていたHIDEちゃんの話を思い出した。
ステージではギター二人のポジションがちょっと中央寄りになってて、真ん中に二人分のシンセが並んでたのかな。
二人が並んでギターじゃないものいじってるの見ると、新しいばくちくさんなんだなって思った。
これまでとはいろいろ違うけど、やっぱり楽しかった。
特に冥王星がたまらんかった…。ギターと歌の掛け合いが楽しくて、もうたまらんかった。ウッキャー。
30日は友人が蛇窪神社に行きたいと言ったので、羽田に向かう途中に立ち寄りました。
ホテルが半蔵門だったので、埼京線とかいうのに乗り継いで向かい、帰りは都営浅草線で羽田に向かいました。
来年がへび年なせいか、蛇窪神社はめちゃくちゃ混んでました。
自分のことばっかりたんまりお願いしてきてしまった。欲が深すぎて罰が当たるかしら。
以前ワタシがひとりで行ったときは、行きも帰りも都営浅草線を使ったはずなので問題なく中延駅に行けるはずとは思ったんですが、あまりに久々だったので心配になってスマホの地図を見たら、中延駅だけ表示がない…。
現在地が示しているところがまさに中延駅だったんですが、地図に表示されてないからドキドキしてしまったよ。
めちゃめちゃ拡大したら、足元に地下鉄駅の空間と駅名が出てきたけど、他の駅は拡大しなくても表示されてんのになんで中延駅だけ表示してくれなかったんだろう。
スマホわかんない。ちっとも使いこなせない。
地図上で見る限りそれなりに道幅あるように見える道路が、辛うじて段差のある歩道がある程度の片側一車線の狭い道路だったりするから、そもそも地図には混乱させられてばかりなのだが。
おかしいのは地図じゃなくてワタシの北海道感覚なんだろうけど。
とりあえず、地図上に駅は見当たらなかったけど自分の記憶で歩いたら駅に着いたので、無事羽田に向かうことができました。
時間に余裕をもって動いているつもりなんだけど、よく知らない土地だから空港に向かうときにはちゃんと間に合うかドキドキするのよね。
羽田では今年も赤福が売っていたのでお土産に買って、30分遅延した飛行機で北海道に帰りました。
新千歳で飛行機の出入口から足を踏み出したとたんにきちんと寒かったので、毎年のことながらなんかホッとしましたよ。
やっぱ冬はこうでなくっちゃ。(東京ではコートの前全開で汗かきながら歩いていた)
来年も武道館で締めくくれるとよいなあ。
今年もとてもたのしかった。
年々更新ペースが落ちてるけどインスタとか始めたわけでもない、単なる怠け者ですが今年もお世話になりました。
来年もたまの更新になるとは思いますが、気が向いたら構ってやってくださいね。
みなさまどうぞよいお年をお迎えください。